かつて開催されていた「ミゼットプロレス」その実態と社会的背景

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かつて日本各地で開催されていたミゼットプロレス(小人プロレス)は、名前は聞いたことがあっても、実際にどのような興行だったのかを詳しく知る機会は少ないかもしれません。本記事では、競技の実態や低身長症への理解、そして社会的背景までを中立的な立場でわかりやすく整理します。

第1章 ミゼットプロレスとは何だったのか(基礎解説)

1970〜1980年代にかけてテレビにも登場し、広く知られたミゼットプロレスについて、まずは事実関係を整理します。どのような興行だったのかを基礎から押さえていきます。

1-1 ミゼットプロレスの定義

ミゼットプロレスとは、小人症など低身長の選手が出場するプロレスの呼称です。日本では「小人プロレス(こびとプロレス)」とも呼ばれましたが、現在は差別的と受け取られる場合があるため、歴史を扱うときも表現に配慮が必要です。日本では主に全日本女子プロレスの興行で前座として行われ、1980年代にはテレビ番組への出演で話題になった例もありました。

女子プロレス興行の一部として組み込まれた形で行われた例が多く、独立した団体として全国展開していたというより、興行内の企画として位置づけられていたことが分かります。なお、2000年代にも活動を続けた選手がいて、規模を縮小しながら存続してきました。

1-2 競技内容は通常のプロレスと同じ

リング上では対戦形式で試合が行われ、プロレスとしてのストーリー性や技の攻防が組み立てられました。演出としてコミカルな動きが強調されることもありましたが、試合そのものはプロレスの枠内で行われました。

そのため、競技としては一般的なプロレスと同様に「魅せる」要素が大きい点を理解することが大切です。体格を活かした演出が注目されやすい一方で、選手が技術と表現で試合を成立させていたことも押さえておきます。

第2章 低身長症とは何か(正しい理解のために)

ミゼットプロレスを扱うときは、低身長に関する医学的な整理を先に行うことが大切です。背景を確認しないまま語ると、誤った前提で話が進むおそれがあります。

2-1 低身長症の基本

医療の現場では、子どもの「低身長」は同じ年齢・性別の平均身長より−2SD(2標準偏差)以上低いかどうかを目安に評価します。ただし、低身長であることだけで病気や治療の要否が決まるわけではなく、体質や家族性の範囲に入る場合もあります。

原因は内分泌、染色体、骨・軟骨、胎内発育など幅が広いです。代表例として成長ホルモン分泌不全性低身長症、甲状腺機能低下症、ターナー症候群、SGA性低身長症などが挙げられます。どれに当てはまるかは、成長曲線での推移や診察、必要な検査で判断します。

2-2 誤解されやすいポイント

低身長という外見だけから、知的能力や性格、仕事の適性を判断することはできません。一方で、原因となる疾患や症候群によっては発達面の課題や合併症を伴う場合もあるため、決めつけずに個別の状況を確認します。外見の特徴が目立つほど先入観が生まれやすいので、言葉選びと前提の置き方に注意します。

~低身長とは、平均から標準偏差の2倍以上身長が低い状態を指します。100人のうち、2~3人くらいの子どもが当てはまります。身長自体が低い場合に加え、成長率(身長の伸び率)の低下も診察が必要となる場合があります。低身長や成長率の低下は、特定の原因により起こるものとそうでないものがあります。~

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2-3 当時の社会状況

障害者雇用に関する制度は、1960年の身体障害者雇用促進法の制定や、1976年の民間企業への法定雇用率の義務化などを経て、段階的に拡充してきました。昭和から平成初期を語るときは、現在の制度と比べて選択肢や支援の枠組みが十分ではなかった時期が長かった点を押さえておきます。

第3章 ミゼットプロレスが衰退した理由

ミゼットプロレス(こびとプロレス)は、1980年代にテレビ番組などで広く知られましたが、その後は露出や活動機会が減り、近年は存続の危機が報じられてきました。衰退の背景として、報道や当事者の発言で確認できる要因を整理します。

3-1 テレビ露出の減少と自主規制

複数の報道では、「障がい者を笑いものにするな」といった視聴者の声を受けて、放送側がテレビの自主規制に動き、テレビ画面から姿を消していった経緯が語られています。テレビ露出が減ったことは、活動の場が狭まる大きな転機になりました。

3-2 活動基盤の弱体化と再生プロジェクト

近年は「存続の危機」が繰り返し伝えられ、活動資金や練習環境の確保を目的にクラウドファンディングが行われ、専用道場の開設や新団体の設立が進められました。これは、従来の形のままでは継続が難しい状況があったことを示す動きです。

3-3 選手数の減少と後継者の課題

報道では、日本で活動しているこびとレスラーが2人になった状況が伝えられています。こうした選手数の減少は興行の継続に直結し、新団体側も新人レスラーの募集や育成を重要な課題として掲げています。これらの事情が存続の危機につながってきました。

主な要因 具体的内容
テレビ露出の減少 視聴者の声を受けた放送側の自主規制で露出が減った
活動基盤の弱体化 資金・練習環境の確保が課題となり、クラファンや道場開設が行われた
選手数の減少 現役選手が少数となり、新人募集・育成が課題になった

このように、衰退は単一の理由で説明できません。報道で確認できる事実を軸に、当時の状況と現在の課題を分けて整理すると、経緯を誤解しにくくなります。

第4章 選手自身はどう受け止めていたのか

外部からの評価だけでは全体像を把握しにくいので、公開されている証言から選手の受け止め方を確認します。なお、今回確認できた公開情報は、現役として言及されるプリティ太田やミスター・ブッタマンの発言が中心でした。

4-1 肯定的な声

肯定的な受け止め方として、プロレスラーとしての誇りや「試合が楽しい」という実感が語られています。ミスター・ブッタマンは、厳しい練習がある一方で試合そのものが楽しく、歓声に包まれた経験を「辛くてもやっていてよかった」と感じたと述べています。

またプリティ太田は、「むしろ笑ってくれ」と語り、観客に楽しんでもらうための構成を考え続けていることや、野次も声援も糧になるという受け止め方を示しています。こうした発言からは、興行を仕事として捉え、観客を楽しませることに価値を置いていた姿勢を読み取れます。

4-2 複雑な思い

一方で、活動の場が狭まった経緯や、環境面の厳しさに触れる発言も確認できます。報道では、1980年代以降に放送局が「こびと」という言葉の使用を自主規制する流れがあり、結果として露出が減っていったことが説明されています。

プリティ太田も、活躍の場が少ないことにもどかしさを感じた時期があったことや、練習できる場所やリングに上がる機会が少ないという事情を語っています。さらに「笑っていいのかわからない空気」にならないようにしたいという趣旨の発言もあり、楽しませたい気持ちと社会の受け止められ方の間で工夫を続けてきた様子がうかがえます。

4-3 共通点

立場や言葉は違っても、共通しているのは「リングに立ち続けたい」という意思が語られている点です。プリティ太田は、レスラーが少数になっている状況の中でも伝統を自分の世代で終わらせたくないと述べています。

また、二人だけではできることに限界があるという認識や、環境を整えて継続したいという方向性も共有されています。公開された証言の範囲では、興行を軽い出来事として片づけるのではなく、選手が職業として向き合い続けた点を出発点にすると、感情的な断定を避けて議論しやすくなります。

第5章 ミゼットプロレスから考える現代の表現

ミゼットプロレスは歴史を持つ興行であり、近年も存続の危機や再生の動きが報じられています。そのため、過去の出来事として切り分けるのではなく、表現と受け止められ方の変化を考える材料として整理します。エンターテインメントと尊厳の関係を点検すると、現在の課題も見えやすくなります。

5-1 エンターテインメントと尊厳

楽しませることと尊重することは、どちらか一方を捨てるのではなく両立を目指すべきテーマです。プロレスに演出が欠かせない一方で、障害や身体的特徴に触れる表現は当事者や視聴者の受け止め方に配慮が必要だとされます。意図が娯楽であっても、尊厳を損なう形にならない設計が求められます。

また、表現は送り手だけで完結せず、受け手の文脈で意味が変わります。放送やメディアの現場では、障害に触れる際の配慮が求められることがあるため、当事者の声や社会的な基準を参照しながら、何が問題で何が工夫になり得るかを整理していく姿勢が大切です。

5-2 過去をどう見るか

過去の出来事を現代の価値観だけで断定すると、当時の状況や当事者の意図を取りこぼすおそれがあります。一方で、歴史だからといって無条件に正当化できるわけでもありません。当事者の証言、当時のメディア環境、そして現在の尊厳や差別解消の枠組みを確認したうえで整理すると、単純化を避けながら議論しやすくなります。

まとめ

本記事は、1970〜80年代にテレビでも知られたミゼットプロレスを、全日本女子プロレスの前座として組まれた実態や試合が通常のプロレスとして成立していた点から整理しました。

そして低身長の医学的基準(−2SD)と先入観への注意を示したうえで、放送の自主規制による露出減、資金・練習環境の確保や選手減少といった課題、当事者の誇りと葛藤をたどり、楽しさと尊厳が両立する表現を考える視点につなげました。

あとがき

おぼろげな記憶ですがミゼットプロレスについては、私が幼少の頃、すなわち1980年代頃にテレビで観たような気がしています。後に書籍やメディア情報で詳細を知りました。

肯定派否定派さまざまな意見に分かれる話だと思いますが、共生社会への認識がもっと深まっていければ、尊厳を尊重しながら楽しめるようになるのではないかと私は思います。

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