ゴールドシップはGI6勝を挙げた「名馬」でありながら、その破天荒な気性と予測不能な行動で競馬ファンを魅了し続けた存在です。彼が歴史的名馬になれた裏には、その個性を否定せずに支え続けた「チーム」の存在がありました。この記事では、ゴールドシップの愛すべきエピソードを振り返りながら、個性を輝かせるための「チーム支援」のヒントをたどります。
規格外の怪物?「理想通り」でなくても才能はそこにある
ゴールドシップという馬が生まれたとき、生産者の「理想」とは少し違う形で、彼はこの世に生を受けました。しかし、その規格外の個性こそが、奇跡の始まりだったのです。
「優等生」になるはずが「規格外の個性」が生まれた
彼のお父さんは「ステイゴールド」という馬です。体は小さいけれど、競走能力が高く、気性が荒いことで有名でした。お母さんの「ポイントフラッグ」は、大きな体を持っていて性格はとても穏やかでした。
生産者は「大きな体と穏やかさ」と「運動能力」をかけ合わせ、扱いやすい強い馬が生まれてくることを期待していました。ところが、生まれたゴールドシップは、お母さんの「大きな体」と、お父さんの「激しすぎる気性」の両方を受け継ぎました。
そして、ゴールドシップの「長距離適性と底力」「独特の気性」を形作ることとなったのです。
可愛かった「最初」と大人たちを翻弄する賢さ
いまの破天荒キャラからは意外ですが、仔馬のころは「とにかく体が大きいが性格はおとなしかった」と語られています。我の強さはあったものの、特別に手を焼くタイプではなかったようです。
競走馬として本格的なトレーニングが始まる頃から、本来もっていた「個性」が現れてきたようです。
騎手に対して「こいつは乗りきれない」と判断すれば、わざと振り落としにかかったり、調教のときなど気分が乗らなければ全く走らず、気にいらない人や馬には、蹴りを入れるなど日常茶飯事でした。
私たちはつい、理想通りにならないことを、嘆くこともあります。しかし、その個性こそが、「突き抜けた才能」になる可能性を秘めています。
愛すべき「奇行」の数々~これがゴールドシップだ!

ゴールドシップがこれほど愛されたのは、単に強かったからだけではなく、行動の数々が、「もしかして中に人が入っているんじゃないか?」と思わせるようなユニークなものがありました。
やる気があるのかないのか誰にも読めない
彼は何をするかわからないと言われるほど、行動が読めない馬でした。
レース前のパドックでも、舌をペロペロと出して遊んだり、自分から観客席の近くまで歩み寄ってジッと見つめたり、その自由気ままな姿は、「まるでファンサービスをしているようだ」と言われていました。
かと思えば、ゲート入りで嫌がってテコでも動かなかったり、足蹴りで拒否し、目隠しを被せられたりしました。「今日は走りたくない気分なんだ」と言わんばかりに、スタッフを困らせました。
しかし、ひとたびレースのスイッチが入ると、最後方から一気に全頭を抜き去る、「ワープ」したと言われるほどの力強いロングスパートを見せつけます。
この愛すべき奔放さと、圧倒的な強さのコントラストが彼の魅力でした。
須貝調教師のシャツをかじる「いたずらっ子」
須貝尚介調教師は、ゴールドシップのレース選びや調教の方針を決める、厩舎の「監督役」でした。
インタビューを受けている須貝さんに、ゴールドシップは、かみつきにいったり、着ているシャツを破いてしまったりする「やんちゃぶり」を発揮しました。
須貝さんは、そんな彼を「本当に頭が良くて、ズル賢いくらいだ」と評しています。そのため、「気性を直そうとして押さえつけると、走らなくなってしまう」と判断し、あえて直さなかったのです。
むりに調教するよりも、「型にはめず」に力を出せるようにすることが大事でした。この深い理解があったからこそ、ゴールドシップの個性はより活かされ、競走馬として素晴らしい結果を残せたのでしょう。
「厳しさ」と「逃げ場」絶妙だったチームの役割分担
こんな「規格外」な馬を、どうやってG1馬に育て上げたのでしょうか。そこには、かかわる人間たちの完璧な役割分担ができていたのです。
北村調教助手は「嫌われ役」を引き受けた
競走馬が勝つためには、日々のトレーニングが欠かせません。その中心だったのが、北村浩平調教助手でした。
毎日のように訓練する北村さんに対し、ゴールドシップは抵抗することもあったといいます。隙あらば振り落そうとしたり、威嚇したりすることも珍しくありませんでした。
北村さんが来た瞬間に「これからキツい練習が始まる」と感じていたのかもしれません。これは、ゴールドシップが「人を見る」ほど賢い馬だと北村さんが話していることとも重なります。
北村さんは、そんな行動にひるむことなく、プロとして必要な「負荷をかける役割」を貫きました。そうした積み重ねが、レースで力を出すための土台になり、あの強さにつながっていったのでしょう。
今浪厩務員は「心を許せる存在」であり続けた
日々の手入れや体のケアを担当したのが、今浪隆利厩務員です。今浪さんの接し方は、なだめながら彼のリズムに合わせる向き合い方を続けてきたそうです。
また、ゴールドシップが「自分の世界」に入っている時は、むりに近づかず、距離を取って見守りました。かまってほしい時には近づいてきたり、立ち上がったり、前かきをしたりと、甘えてきたそうです。
今浪さんは、そんな彼を「めんどくさい奴やなぁ」と笑いながらも、毎日の手入れの中でそのわがままを愛情深く受け止めていました。
今浪さんがそばを離れると、寂しがって落ち着かない様子を見せることもあったそうです。彼にとって今浪さんは、唯一リラックスできる存在だったのでしょう。
厳しく鍛える人と、優しく受け止める人。この役割がはっきりと分かれていたことが、チーム全体の強さにつながっていたのです。
| 担当者(役割) | 接し方のスタンス | ゴールドシップへの効果 |
|---|---|---|
| 北村調教助手 (トレーニング) | あえて厳しく 負荷をかける | 驚異的なスタミナと ロングスパートの完成 |
| 今浪厩務員 (日々のケア) | 優しく受け止める 怒らない | 心の安定(安全基地) リラックス |
支援の現場でも「一人で背負わない」ことが大切
この「北村さんと今浪さん」の関係性は、パラスポーツや教育の現場にも重なるところがあります。指導者が一人で「厳しさ」も「優しさ」も抱えると、支える側も、本人も苦しくなりやすいからです。
一人で完璧になる必要はありません。あなたができる役割を、一つだけ担えばいいのです。
隣にはいつもあいつがいた~親友「ジャスタウェイ」の力

あれだけ破天荒なゴールドシップですが、落ち着いて力を出すためには、そばにいてくれる心を許せる「仲間」の存在がいたようです。
言葉はなくても通じ合う「仲間」の存在
同じ須貝厩舎で馬房も隣だったのが、ジャスタウェイです。気性はおだやかで、ゴールドシップとは正反対のタイプでした。
面白いのは、ゴールドシップが落ち着かない時、ジャスタウェイを前に歩かせるとスッと静まる――そんな話が語られていることです。
練習では、二頭が併せ馬(一緒に走る追い切り)をこなし、調教師が互いの動きをほめる場面もありました。仲間でありつつ「練習相手」としても、互いの成長を押し上げていたことが伝わってきます。
ちなみにジャスタウェイは、世界のトップ評価で1位に立ったこともある名馬です。
パラスポーツにおける「パートナー」の意味
この関係は、障がい者支援における「仲間の支え合い」の大切さを教えてくれます。パラスポーツの世界でも、目の見えない選手と一緒に走る「ガイドランナー」や、一緒にプレーするチームメイトは、単なる補助役ではありません。
苦楽を共にし、信頼関係で結ばれた絆はとても強いです。そんなパートナーの存在が、限界を超える力を引きだします。
ゴールドシップとジャスタウェイのように、お互いの存在が力を引き出し合う関係が、パラスポーツの現場には数多くあると言えます。
「彼を変える」のではなく「環境を変える」逆転の発想
ゴールドシップは引退するまで、彼の「破天荒な個性」は変わりませんでした。彼が活躍できたのは、周りのスタッフが「彼に合わせた環境」を作り続けたからです。
福祉でいう「合理的配慮」の原点がここにある
スタッフたちは、彼を無理やり従わせることはせず、「こうするべき」という常識を捨て、ゴールドシップに合わせました。
これは、今の社会で求められている「合理的配慮(ごうりてきはいりょ)」という考え方とも言えるでしょう。
彼らがやっていたのは、まさにこの「環境を合わせる工夫」でした。彼を普通の枠にはめ込もうとしていたら、あの破天荒な走りは絶対に見られなかったでしょう。
~障害のある人から「社会的なバリアを取り除いてほしい」という意思が示された場合には、その実施に伴う負担が過重でない範囲で、バリアを取り除くために必要かつ合理的な対応をする~
まとめ

ゴールドシップの物語は、私たちに「常識にしばられないこと」と教えてくれました。大切なのは、その個性を受け入れ、役割分担と環境作りで支え伸ばしてあげることです。
この視点は、パラスポーツの現場にも通じています。そこには「できない」を「できる」に変える、驚くような工夫があります。
自分や誰かの「扱いづらさ」に悩んだときは、この愛すべき暴れん坊のことを思い出してください。
あとがき
筆者は元々、競馬関係に興味がなかったのですが、ゴールドシップのことを知り、その強烈な個性に惹かれてファンになりました。
思ったことは「個性を否定せずに受け入れる」ことは、障がい者支援にも同じように当てはまるのではないかということです。
みんなと同じでなくても、環境や考え方の視点を少し変えることで、輝ける場所はいくらでもあるのではないでしょうか。


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